独り言:タイムトリップものの考察
- Dancing Shigeko

- 1 日前
- 読了時間: 3分

こんにちは、Dancing Shigekoです!
これは先日見た映画『オークストリートの異変』で気になった場面の話。そしてその気になったことはネタバレに近い内容。(実質ネタバレ)
読み進める時はご注意ください。
他に同じようん世界観のものがなかったか、と記憶を辿って行った時に思い出すのが、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
マーティは1985年に戻るときに、ドクがテロリストに撃たれるのを防ぐために、出発したのよりも少し早い時間に戻ることを決める。そして1985年に戻って、待ち合わせの駐車場まで走っていく。すると、ちょうどテロリストたちがドクを撃って、マーティを追いかけているところに到着。
そんな場面。
この瞬間、この世界ではマーティが二人存在しているという設定。おそらく、過去に戻ったマーティは、またループして同じように少し早い時間に戻ってくる。ということで、この数十分間は常にマーティが二人存在していることになっている(と思われる)。
この場合、1985年に戻ってきたマーティは元のマーティにも、ドクにも何かできなかったので、同じ出来事が永遠に起き続けると予想される。
しかし映画『オークストリートの異変』は若干異なる。
タイムトリップするはずだった人物のうちの一部がタイムトリップしなかった、という描かれ方になっている。
ということは二度目のタイムトリップした人たちは、違った過去(というより恐竜時代)を過ごすことになる。その結末も違う結末になると思われる。
マーティの時のようにループにはならないのだろうなと想像。どこかの時間軸上のプラット家は違った結末を迎えることになっているのではなかろうかと。
それに違う時間軸に存在していた人たちが共存することになっているように見えて混乱。成り立つ構図なのだろうか。
タイムトリップする系列の作品。最初から登場している人を中心に時間を追いかけて行った時に、後から出てきた過去(あるいは未来)の本人はどういう扱いなのだろうと考えてしまう。その人はハッピーエンドになっているとは限らない、という気がしてしまって、その第二にストーリーを考えてみたくなる。
ネタバレ要素をなるべくオブラートに包んだ表現としたため、自分が感じているこのモヤ感が伝わりづらい部分があるかもしれない。
逆に確かにそうだ、と共感してくれる人がいたら、ぜひ語り合ってみたいと思う。
そして第二のストーリーを考えてみませんか、とチャレンジしてみたくなる。
そんな不思議なループを見た感じ。タイムトリップものというのは無理なく矛盾なく作り上げるのって面白い作業のように思った。
それでは、また明日!
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