映画『真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』 感想|最終決戦でも盛り上がれなかったのはなぜ?

こんにちは、Dancing Shigekoです!
先週に続き鑑賞。
今回は映画『真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』を紹介します!
[基本情報]
原作:武論尊、原哲夫
監督:平野俊貴
脚本:堀江信彦、鴨義信、真辺克彦
キャラクターデザイン:佐藤正樹
音楽:梶浦由記
主題歌:B’z「ロンリースターズ」
挿入歌:クリスタルキング「愛をとりもどせ!! ~Movie ver~」
挿入歌:FictionJunction WAKANA「Where the lights are (Japanese Ver.)」
制作:トムス・エンタテインメント
製作:ノース・スターズ・ピクチャーズ
配給:東宝
上映時間:90分
[登場人物]
ケンシロウ:阿部寛
北斗神拳継承者。
ラオウ:宇梶剛士
北斗三兄弟の長兄。
ユリア:石田ゆり子
南斗最後の将。
[内容]
ラオウは南斗最後の将が障害になると考え、軍をそこへ向ける。ところが最後の将がユリアだと知り、彼女を奪いに向かう。
その頃、ケンシロウには南斗五車星の一人・山のブドウが迎えにきていた。そしてもうすぐユリアに会えるというところまで来ていたが、ラオウが来ていることに気づき、ラオウとの戦いに決着をつけにいくのだった。
[感想]
原作を読んでいた頃は、登場人物の生死を気にしながら見ていたような記憶がある。それなのに今回は、ラオウとケンシロウの戦いが始まっても、思ったほど盛り上がれなかった。
今の自分にとって『北斗の拳』は、どのような作品なのだろう。そんなことを感じた一作。
・3作品目でも消えなかったラオウの声への違和感
どうしてもラオウの声が軽い感じがしすぎて、違和感が残る。
このシリーズも今回で3作品目。最初の頃からラオウの声に違和感があったけれど、最後まで「ちょっと違う」という感覚が抜けなかった。
前に見た『ラオウ伝 殉愛の章』でも、声が優しすぎるように感じていた。何作品か見ているうちに慣れるかと思いきや、結局そのままだった。
・ラオウとケンシロウの決着は、こんな展開だったか
南斗最後の将がユリアだと知り、彼女を奪いに向かうラオウ。
一方、ケンシロウは山のフドウに迎えられ、もうすぐユリアに会えるというところまで来ていた。しかし、ラオウが来ていることを知り、決着をつけるために戦いへ向かう。
ラオウとケンシロウの対決を見ながら、「そう言えば、こんな展開だったか」と少しずつ記憶がよみがえってきた。
そう言えば、「我が生涯に一片の悔いなし」という言葉が出てきたのも、このあたりだったか。
原作を読んでいた頃のことを、断片的に思い出しながらの鑑賞だった。
・最終決戦なのに、眠気が上回ってしまった
ところが、ラオウとケンシロウの戦いに入っても、どうにも盛り上がりに欠ける。
結局、最後の方は少し寝ていたかもしれない。
録画だったので、時間を戻して再度見ることもできたはず。それなのに、そこまでして見直そうとは思えなかった。
なんとなく「あれれ?」という感じのまま終わってしまった。
どんなに眠くても、眠くならない作品はある。そう考えると、今回は自分にとってその程度の引力しかなかったということなのだろう。
ラオウの声が合わなかったからなのか。戦いの描き方に迫力を感じなかったからなのか。
今となっては、そもそも自分の中で『北斗の拳』自体の魅力をあまり感じていないのかもしれない。
ただ、原作を読んでいた頃はどうだったのだろう。
山のフドウには生き残ってほしかったとか、いろいろなことを感じながら読んでいたような気もする。だから、昔からそれほど興味がなかったとも言い切れない。
以前見た『ユリア伝』では、レイやトキが人のために命を張る姿が印象に残った。今でも、心を動かされる部分はある。
それでも今回、ラオウとケンシロウの決着という大きな場面で、見逃した部分を見直そうとさえ思わなかったことには、自分でも少し驚いた。
昔の自分がどれほど夢中だったのかは、もうはっきり覚えていない。けれど、今の自分がそれほど引き込まれなかったことだけは確か。
ラオウの声への違和感が最後まで残り、最終決戦でも眠気が上回ってしまった。今の自分と『北斗の拳』との距離を感じた作品でした!
鑑賞日:2026年10月31日
皆様の感想もぜひお聞かせください!
それでは、また次回!
感想|最終決戦でも盛り上がれなかったのはなぜ?
こんにちは、#DancingShigeko です!
#映画『#真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章』を鑑賞🎥!
ラオウの声への違和感は最後まで消えず、最終決戦でも眠気が上回る結果に。昔はもっと夢中だったのだろうか?
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